2005年04月06日

ベースウルフよ永遠に

今日、ビリーのお通夜に行って来た。

祭壇を目の前にしたら、それが逃れようのない現実になってしまうようで、
斎場に近づくのが嫌だった。
しかし、バスは停留所に着き、次々と革ジャン革パンの集団が向かっていく。
斎場には似つかわしくない集団が入り口の周りに固まっている。
焼香を終えても、名残惜しげに仲間達と話しをしてその場に残っているファン達だ。

今日は、高校時代にギターウルフのコピーを一緒にやっていた友だちと行った。
二人ともしっかりとウルフTシャツを着て来た。
俺のは、本八幡でのライブの時にビリーから直接手渡された、想い出の品。
そのバンドは俺が初めて組んだバンドで、高校3年間続けた。
生涯で初めてコピーした曲は、カミナリワンだった。
俺の中でのバンドの始まりは、ギターウルフだった。
ギターウルフが大好きな3人で、3年間ずっと続けた。

意を決して斎場の中に入り、受付票に名前を書き、会場へ。
祭壇にはホームページにも載っている、ビンとベースを抱えたビリーの遺影が。
そして花に囲まれた祭壇に、堂々と立っている、白いプレべ。
左手には数々の写真が飾られている。
順番が回ってきて、お焼香をする。
親族席の奥さんは気丈に弔問客に礼をしている。
ビリーの死がリアルに感じられた。
インターネットの画面の向こうの出来事が、現実味を帯びて迫ってくる。

関係者席には、革ジャン革パンのセイジとトオルの後ろ姿が。
弔問に訪れたファン1人ひとりに、「ありがとう」
と力強く声をかけていた。
俺は、声にならないような声で、「頑張って下さい」
としか言えなかった。
力強く「ありがとう」と応えてくれた彼らの顔を見て、
やはり一番つらいのは彼らだと思った。
会場を出ると、黒い封筒にビリーのサインが印刷されたものを手渡された。

何とも言葉にならなかった。
一報を聞いたときは、あまりの突然さに、感想をもてなかった。
それから時間がたつにつれ、自分の中でいかに大きい存在だったかが、
どんどん膨らんでいった。
ライブで、ビリーが投げたビールの缶を拾って残りを飲んだこと。
去年お台場ですれ違いざまに、5年も前のウルフTシャツを着てた俺に、
ニヤリと笑った姿。
そして、ライブでベースを弾く姿。
次々と思い出された。
そして、厳然たる現実を突きつけられ、呆然とするしかなかった。
帰りのバス停で、封筒を開いた。
ビリーの写真の3枚のポストカード。

大森駅で、久々にその友だちと飲んだ。
なぜギターウルフが好きか。
究極のエンターテイナーだから。
世界を築き上げた者だから。

そして、二人にとって、今まででもっとも多く演奏した曲は
カミナリワン
だ、と気付いた。
体の一部になっている。曲の全てが見えている。
初めての練習の日、たった2分の曲、1曲だけをひたすら2時間やった。

人間いつ死ぬか分からない。
どんな死に方をするか。生き様より死に様だ。
そんな話しになった。
ビリーは、
多くの仲間達に囲まれ、惜しまれ、
そして、そのスタイルをこの世にしっかりと刻み込んで、
死んだ。
死んでなお人の心に、
ベースウルフとして生き続ける。

http://www.guitarwolf.net/



posted by AT$U-SHIT at 01:31| Comment(0) | TrackBack(0) | Music | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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